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青森地方裁判所 昭和42年(行ウ)2号 判決

原告

千田光三

代理人

寺井俊正

被告

西津軽土地改良区

代理人

小山内績

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、請求の趣旨

「(一)原告が被告の理事たる身分を有することを確認する。(二)被告は原告が被告の理事の職務を行うことを妨げてはならない。(三)訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求める。

二、請求の原因

1  訴外西津軽郡士渕堰土地改良区(被告の前身、以下本件土地改良区という。)は、土地改良法に基づき設立された公法人であり、訴外本件土地改良区役員選挙管理者佐藤秀雄(以下本件選挙管理者という。)は、昭和四一年一〇月二九日に行われた本件土地改良区理事選挙に際し、理事会の決議に基づき、旧理事長伊藤藤吉により選挙管理者に指名され、訴外木村専助は右選挙に原告と共に立候補した。

2  本件土地改良区の理事は定員一三名、任期四年とされ、理事の選任は、総代会における選挙によるものとされ、本件土地改良区役員選挙規程によれば、その選挙の細則は次のとおりである。

(1)  理事は各被選挙区につき区域所属の組合員中より選挙するものとし、被選挙区を第一ないし第一一区とし、原告および訴外木村所属の選挙区たる第一〇区の理事の定員は一名とする。

(2)  理事選挙の投票は、総代会出席の総代がこれを行い、有効投票の最多数を得た者から順次当選人となる。

(3)  選挙ごとに理事会の決議により総代中から理事長が指名する選挙管理者は、当選人に当選の通知をし、さらにこれを公告(第一回目)する。

(4)  右当選通知を受けた日より七日以内に当選人から辞退の届出なきときは、当選を承諾したものとみなす。

(5)  選挙管理者は右当選辞退申出期間満了の翌日当選人の公告(第二回目)をなし、公告をした時において当選人は理事に就任するものとし、前任者の任期が公告後に満了するときは、任期満了の翌日就任したものとする(なお、本件改良区の前任理事の任期は、昭和四一年一一日までとされていた。)

3  昭和四一年一〇月二九日施行の理事選挙において、原告は得票数四九票で当選人となり、本件選挙管理者は同月三〇日原告に対し当選の通知をなし当選人の公告(第一回目)をしたが、原告は辞退の申出をしなかつたから、同年一一月六日当選承諾とみなされた。

4  しかるに、本件選挙管理者は、原告に対し、訴外木村専助より当選の効力につき異議申し立てがあり、選挙会において審査の結果原告の得票中二票を無効と認めたことを理由に、昭和四一年一一月一一日到達の書面により原告の当選を取り消す旨の処分(以下本件取消処分という。)をなした。

5  しかしながら、右取消処分は、次の理由により無効である。

(1)  土地改良区の定款、選挙規程のいずれにも、総代会終了後における当選の効力についての異議申立てを認める条項はないから、訴外木村の異議申立ての法的根拠がない。土地改良法第一三六条第一項によれば、土地改良区の組合員は総組合員の一〇分の一以上の同意を得て、都道府県知事に対し当選の取消を請求しうるとされているにすぎない。

(2)  訴外木村に異議申立て権があるにしたところで、当選取消通知書記載の選挙会なるものは法的に存在しないから、選挙会が原告の当選を取り消す権限を持たないことは勿論、理事の選任は本件土地改良区定款により、総代会の権限とされているから、選挙ごとに理事会の決議により理事長が総代中より指名する総代会の臨時の補助機関にすぎない本件選挙管理者には、当選取消の権限がない。

(3)  仮に、本件選挙管理者に当選取消権限があるとしても、原告に当選の通知がなされ、原告において当選を承諾したものとみなされ、当選の効力が確定した後は取り消すことができない。本件選挙管理者は、原告の当選辞退申出期間満了の翌日である昭和四一年一一月七日公告(第二回目)をしなかつたが、選挙管理者には当選取消の権限がなく、また右公告は、当選辞退者があつた場合その異動を明らかにすることおよび理事就任の日時を明確にする目的を有するにすぎないところ、本件では当選辞退者は一名もなく、かつ理事就任の日時は前任理事の任期満了の翌日たる昭和四一年一一月一二日と確定しており、本件選挙管理者の懈怠により公告がなされなかつたにすぎないから、かような場合は公告がなされなくても右日時に原告は理事に就任したものと解すべきである。

6  本件土地改良区は、西津軽郡悪水路土地改良区と合併して被告土地改良区となり、昭和四二年一月三一日青森県知事の認可を受けた。そして、合併前右悪水路土地改良区および本件土地改良区の理事であつた者は、合併後当然被告の理事となるとされていたから、原告は本件選挙管理者のなした取消処分が違法無効である以上被告の理事たる地位にあるものであるところ、被告土地改良区はこれを争い、原告がその権限を行使することを妨げている。よつて本訴に及んだ次第である。

三、被告の請求の趣旨に対する答弁

主文第一項同旨の判決を求める。

四、本案前の主張

1  確認の利益は、原告の権利または法律的地位に現存する危険を除去するためには、一定の権利または法律関係の存否について反対の利害関係を有する被告との間で、これについて確認の既判力を得ることが必要である場合に認められるところ、本件土地改良区の役員選挙規程によれば、理事選挙の当選の効力を決定するのは本件土地改良区の独立の機関である本件選挙管理者である。従つて被告を相手方としていかなる裁判を求めても、被告は選挙管理者のなした処分を左右することができないから、被告は理事の選挙については原告と反対の利害関係を持たず、本件選挙管理者を相手方とするときは、格別、被告を相手方とする本訴は確認の利益がない。

2  原告は理事の選任は総代会の権限であつて、選挙管理者は総代会の補助機関にすぎないとするが、仮に原告主張のとおりとするならば、選挙に関しての不服は総代会を相手方とすべきであり、被告を相手方として提起された本訴は不適法である。

五、本案についての主張

1  請求原因1、2の事実、3の事実中、原告が昭和四一年一〇月二九日施行の理事選挙において当選し、その旨の通知を受けたこと、4の事実中、当選取消通知が原告に到達した日時を除いた事実、6の事実中、本件取消処分は違法であるから原告は被告の理事の地位にあるとの点を除いた事実をそれぞれ認め、その余の点を否認する。

2  原告は、本件土地改良区の定款一六条「役員は総代会において総代が選挙する。」旨の規定を根拠として、選挙管理事務もまた総代会の権限に属する旨主張するが、右の規定は選挙の主体を定めたものにすぎず、選挙管理事務に関し定められたものではない。定款および選挙規程に明らかなとおり、理事選挙の投票の効力を決定するのは開票管理者の権限に属し、当選の効力の決定は選挙管理者の権限に属するものである。また、土地改良法第二三条第九項によれば、総代会には総会に関する規定が準用されるところ、同法第一八条第三項によれば、役員は定款の定めにより総会外で選挙しうるとされており、この場合選挙管理事務が総代会に属しないことは明らかであり、これとの比較からしても、選挙管理者は本件土地改良区の役員選挙に関する事務を取り扱う独立の機関であつて、総代会の単なる補助機関ではない。

3  土地改良法、本件土地改良区の定款ならびに選挙規程には、役員の選挙または当選の効力に関し異議の申立てをなしうる旨の明文の規定はないが、土地改良法第二三条第四項によれば、総代の選挙は都道府県または市町村の選挙管理委員会の管理のもとに行われ、同法施行令第二七条には、右総代の選挙または当選の効力に関し総代候補者は異議の申立ておよび審査請求をなしうる旨の規定がある。従つて、一方において総代会の選挙については異議の申立てをなしうるのに、役員の選挙については異議の申立てをなしえないとすることは両者の権衡を失するものであり、また土地改良法第四六条によれば、土地改良区のなした処分については行政不服審査法の規定により異議申立てをなしうるものとされているところ、前記のとおり、選挙管理者は土地改良区の選挙に関する事務を取り扱う独立の機関であるから、右土地改良区中にはその独立の機関をも包含せしめて解釈すべきである。されば、本件選挙管理者のなした当選人を定める処分に対しては、理事候補者たる訴外木村から本件選挙管理者に対し異議の申立てをなしうるものといわなければならない。なお、土地改良法第一三六条は組合員から都道府県知事に対し当選の取消を求めうることを定めているが、右取消は役員選挙の方法が法令等に違反する場合に請求しうるにすぎず、また請求権者は直接の利害関係を持たない組合員あでつて、不服申立ての資格および対象を異にするから、この規定があるからといつて右異議申立てを許さないことにはならない。

4  選挙管理者に対する異議申立ての期間については、少くとも本件土地改良区選挙規程第二三条の確定公告(第二回目の公告)があるまでは異議申立てをなしうるものと解すべきであり、訴外木村は、右の公告前に本件選挙管理者に対し異議申立てをなしている。

六、証拠〈省略〉

理由

第一〈省略〉

第二本案についての判断

一、1 原告は訴外木村(本件土地改良区役員選挙に原告と同じく理事候補者として立候補し、次点で落選した者)に当落決定に対する異議申立権がないのに同人の異議申立を入れ原告の当選の取消をしたのは違法であると主張する。よつて、訴外選挙管理者の性格並びに権限について判断するに、土地改良法第一八条第八項によれば、土地改良区役員(理事および監事)の選挙においては選挙ごとに選挙管理者、投票所ごとに投票管理者、開票所ごとに開票管理者が設置されるべきものとされ、被告選挙管理者は右規定および本件土地改良区定款附属の役員選挙規程第五条にもとづき、本件選挙において本件土地改良区理事長が理事会の決議により総代の中から指名したものであるが、選挙管理者の職務権限として土地改良法にはなんら規定がなく、右定款附属の選挙規程によれば、選挙管理者は(1)、選挙に関する事務を担任し、開票管理者(開票に関する事務を担任する。)のなした投票の効力の決定について結果の報告を受け、選挙立会人立会の上その報告を調査し、各人の得票総数を計算し、選挙録を作成して選挙に関する次第を記載した上、これに署名または記名押印すること(第六条)、(2)有効投票の最多数(ただし、選挙すべき理事または監事の定数で有効投票の総数を除して得た数の六分の一以上の得票数を要する。)を得た者をもつて当選人と定め、得票数が同じであるときは選挙管理者が選挙立会人立会のうえくじで当選人を定め、無投票当選とすべき場合には選挙管理者が当該役員候補者をもつて当選人と定めること(第一八条、第一九条)、かようにして当選人が定まつたときは、直ちに(3)当選人に対し当選の旨の通知をし、同時に当選の公告を行い、当選人が右通知を受けた日から七日以内に辞退の届出をしないときは当選承諾のあつたものとみなして同期間満了の日の翌日再度公告をすること(第二一条、第二三条)等の職務権限を有しかつこれを義務づけられているのである。

しかして、土地改良法第二三条によれば、組合員の数が三〇〇人を超える土地改良区は定款の定めるところにより総会に代るべき総代会を設けることができるのであるが、同条第四項によれば、総代の選挙は都道府県または市町村選挙管理委員会の管理のもとに行われ、同法施行令第四条以下には選挙の時期方法、投票の方法、当選決定並びに公告等に関する詳細の諸規定があるとともに選挙人または総代候補者の選挙または当選の効力に関して当該選挙管理委員会に対する異議の申立を認め、更に審査請求を認めるほか当該選挙が選挙の規定に違反するときで選挙の結果に異動をおよぼすおそれのあるとき選挙管理委員会に選挙の全部または一部の無効の決定または裁決の権限を付与するのである。(同令第二七条、第二八条)

2  思うに、土地改良法が土地改良区役員選挙に関し総代選挙の場合と異なつて選挙事務を管理するものとして選挙管理者をもつて代替せしめたのは、総代選挙の場合に比して公共性の薄いことによるものであろうが、さればといつて選挙管理者に当選の効力決定並びに取消の権限なきものと解するのは早計である。けだし、土地改良法が役員選挙に関し一連の選挙事務を選挙管理者の管理のもとに置いたのは、右選挙管理委員会と同じく第三者的機関の管理決定によらしめたものであつて、たとえ選挙ごとに設けられる臨時のものであつても選挙に関する独立の機関と解すべきことは右選挙管理者を設置すべきものとする法意並びに選挙の性質自体に徴して疑いがない。そうして、前記選挙規程に照らせば、法は公法人たる土地改良区の機関たる選挙管理者の行為につき一定の法効果を承認するものというべく、本件についてみれば、被告選挙管理者の当選の決定(行政法上いわゆる確認行為)により当選人となり、そのことの反面若し右決定が違法であるとすれば、適法な取消期間内において取消の権限もあることは当然の事理といわなければならない。

原告は訴外木村において異議申立権がないのにこれあるものとした違法があると主張する。なるほど前記選挙規程上立候補者に異議申立権を付与する旨の規定はみあたらないが、右のように選挙管理者の当選決定により立候補者は直接自己の権利を侵害されるのであつて、その救済をはかるため異議の申立をなしうることは条理上当然である。

そうして、当選決定の通知の日の翌日から七日間は当選人の承諾期間であるからその期間中は当選の効力は未確定であつて、右期間中は適法に異議の申立をなしうるものと解すべく、右期間を経過し、再度の公告があるときには当選が確定することは前記のとおりであるから右再度の公告のあるまでは選挙管理者は当選の取消をしうると解するのが相当である。〈証拠〉によれば、訴外木村の異議申立は当選人となつた原告の承諾期間中の昭和四一年一〇月三一日であることが認められ、〈証拠〉によれば訴外選挙管理者の本件取消処分は再度の公告たる当選人確定公告のある以前であることが明らかである。

土地改良法第一三六条第一項の規定は公法人たる土地改良区の議決および選挙の公正を確保するため必ずしも直接の利害関係を持たない場合であつても、少数組合員の意思を反映させる手段として組合員に特に認められた権利にすぎないのであつて、右規定の存在をもつて、当選の効力に関し役員選挙の候補者からの直接の異議申立てが許されないとする根拠とすることはできない。また右異議申立てを認容して訴外選挙管理者がなした原告の当選を取り消す旨の取消処分につき〈証拠〉によれば、訴外選挙管理者は訴外木村より原告の当選の効力につき異議の申立てがなされた後選挙会なるものを開催しているが、これは投票の効力を訴外選挙管理者が調査するについて選挙立会人の立会を求めるため開催した選挙管理者と選挙立会人が協議したものであることを示すにすぎず、原告の当選を取り消す旨の処分をなしたのは選挙会ではなく、訴外選挙管理者自身であるというべきである。

3 従つて、本件、取消処分は適法であり、その取消を求める原告の請求は理由がないことに帰する。(間中彦次 辻忠雄 宮沢建治)

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